カテゴリー: 弱い立場で生きる

弱い立場で働く人が抱える葛藤や不安、そして声に出せない痛みを、実体験をもとに丁寧に綴っています。同族会社や家族経営の中で起きた出来事、人間関係の歪み、心が壊れそうになった瞬間──そのすべてを「当事者の視点」で記録したブログです。同じように苦しむ人が、自分だけではないと感じられる場所を目指しています。

  • 甘やかされて育った人の特徴

    甘やかされて育った人の特徴

    主人の父親は、まさに「甘やかされて育った人」の典型だと思う。
    昔は兄弟が多い時代で、彼はその中の末っ子。周りにはいつも女兄弟がいて、生活面も人間関係も、誰かが先回りしてサポートしてくれていた。

    お金の面では自立していたかもしれない。
    でも、人としての立ち振る舞いは、妻や姉妹がカバーしてきたのだろう。
    悩む必要もなく、困れば誰かが助けてくれる環境だった。

    そのまま大人になり、会社でも同じように振る舞う。

    黙っていれば誰かが何とかしてくれる

    自分の担当じゃないと言って逃げる

    責任のある立場なのに他責思考

    話し合いから逃げ、不機嫌をまき散らす

    自分が苦労しなければそれでいい

    そんな態度が積み重なり、弱い立場の人にしわ寄せが来る。

    そしてその“弱い立場”が、いつも私だった。

    私は会社でも家庭でも、主人も従業員も、そして主人の父親さえも守ってきた。
    でも、ふと気づく。

    私のことは、誰が守ってくれるのだろう。
  • 愛嬌”という名の圧力──女性だけが背負わされる役割の正体

    愛嬌”という名の圧力──女性だけが背負わされる役割の正体

    最近、私は「女は愛嬌だ」という言葉に強い嫌悪感を抱くようになった。 昔は何気なく聞き流していたこの言葉が、今では女性に対する圧力や抑圧の象徴のように感じている。

    結婚当初、私はまだ若く、親戚の集まりでもよく笑っていた。 そのたびに言われていたのが「女は愛嬌だ」という言葉。 当時は褒め言葉のように受け取っていたけれど、今振り返ると、これは女性に“笑顔でいろ”と暗示をかける言葉だったのではないかと思う。

    「女は愛嬌だ」という言葉が女性を縛る理由

    ● いつでも笑っていなければならないという圧力

    「女は愛嬌だ」という言葉には、 女性はいつでも笑顔で、愛想よくしていなければならない という空気が含まれている。

    嫌なことがあっても、疲れていても、怒りを感じても、 “笑って受け流すのが女の役目”と言われているようで苦しくなる。

    ● 男性は不機嫌が許され、女性は許されない構造

    私の周りの男性は、都合が悪くなると不機嫌な空気をまとい始める。 しかし女性が同じように不機嫌になると「愛嬌がない」と言われる。

    この違いを見るたびに、 女性の方が軽視されやすい社会構造があると感じざるを得ない。

    ● 我慢を強いる言葉として機能してしまう

    「女は愛嬌だ」という言葉は、 女性は我慢して当たり前 女性は愛想よくして当たり前 という価値観を押しつける力を持っている。

    これはもう、精神的な暴力に近い。

    女性は無理に笑わなくていい

    私は強く思う。

    • 嫌なことははっきり言っていい
    • 無理に笑う必要はない
    • 愛想を振りまかなくていい

    女性が自分の感情を押し殺してまで“愛嬌”を求められる社会は、 もう変わっていくべきだ。

    「女は愛嬌だ」という言葉に違和感を覚えるのは、 決してわがままでも、過敏でもない。 それは、長い間押しつけられてきた価値観に気づき、 自分を大切にしようとする自然な感覚だと思う。

    これかわいい、ヨガ用にしようかな


  • 「調子にはのらない、波には乗る」

    「調子にはのらない、波には乗る」

    「調子にはのらない、波には乗る」どこからかこの言葉が入ってきた。
    いつからか、この言葉が自分の中に根を下ろした。
    立場的にも、そうせざるを得ない環境にいたからなのか、
    良くも悪くも、この生き方が体に染みついてしまった。

    けれど、この立ち振る舞いが“良い環境”を運んでくれるとは思っていない。
    むしろ、何ものにも惑わされず、誰の気持ちも汲まず、
    好き放題に生きている人のほうが、ずっと幸せそうに見える。

    そういう人を目にすると、
    胸の奥が無性にざわつく。
    腹が立つのは、きっと私にはできない生き方だからだ。

    そして気づく。
    まさしく、私の周りには少なからずこういう人たちがいるのだ。
    何ものにも縛られず、好きなように波に乗り、
    責任も痛みも背負わずに生きている人たちが。

    「調子にはのらない」
    そう言い聞かせながら、
    私は今日も波の上でバランスを取っている。

    今の私とはまったく違う人生を、 一度でいいから歩いてみたいと願う瞬間がある。

  • 弱い立場で自分を守る方法

    弱い立場で自分を守る方法

    仕事をしていく中で、私は心身ともに傷つくことが増えていった。
    周囲の人たちも、最終的には自分を守ることで精一杯なんだよね。
    私は、誰にも気づかれない存在のように感じていた。

    誰も助けてくれなかった。
    規則というものもあってないような環境で、規則は誰かを守るためではなく、自分を守るために整備もした。

    孤立して、相談できる相手もいなかった。
    だから、自分で動くしかなかった。

    時には突き放されることもあった。
    環境を整えなければ、責任を押しつけられるのは目に見えていた。
    無関心があの頃は何よりも怖かった。
    報告しても、しばらくすると忘れられてしまうことが多かった。
    私にだけいつも理不尽なことだらけだった。

    みんな結局は責任を避けようとしていた。
    都合の悪いことは、誰かのせいにしてしまう。
    興味がない・自分の担当じゃない・しばらくすると忘れる
    そんな空気の中で、私は徐々に心が少しずつ削られていった。

    そんな世界の中で、私はどうやって自分を守ればいいのかだけをひたすら考え続けていた

    この経験を通して、私は自分を守る方法を少しずつ学んでいった。

    自分のことは自分で守るしかないと。

  • 悪夢をみた朝。逃げても逃げられない夢に込められた心のサイン

    悪夢をみた朝。逃げても逃げられない夢に込められた心のサイン

    何気ない毎日の繰り返し、昨日夜から慢性的な病を患っているからなのか体の節々が痛く炎症を起こしていた。

    そのまま昨日はシップで痛みを軽減するために貼って眠りについた。

    明け方、私の脳内に(夢の中)突然閉鎖している学校内で何者から私が逃げまわっている所から始まった。

    何者なのか、よく見えない何か黒い物体ということだけは分かった。校舎内を駆け回り物の下などにいかに滑り込んで隠れるかという状況だった。とにかく最上階から1階まで走りながら逃げ回っていた。

    閉鎖的な学校から舞台は急に変わり、映画のような壮大なスケールの物語の中にいた。私はまた何者からか一人で逃げていた。その何者とはゴジラだった。私は映画の中の主人にも値しない、何の理由もなく、戦うこともなく、向かってくるゴジラから何とか逃れようと隠れながら逃げていた。うまく隠れていてもしばらくしたらUターンして戻ってくる。私は逃げれないものから逃げようと必死だった。その夢の中に私の主人はいなかった。

    そして朝、体の節々の痛みと恐怖で目が覚めた。また逃げ出せない毎日が始まる。

    こうなった要因は、わたしの今抱えている日常に原因があるのはわかっていた。ふと気になり、私は寝起きと同時に私の心のサインを見逃してはだめだ、と思い携帯を手に取った。 「ゴジラからひたすら逃げる夢」と検索した。

    すると出てきたのは、今まさしく私の心を映すかのようなことがずらりと並んでいた。 私は確信した。「私の心は、もう限界はとうに過ぎている」と。

    私が経験してきたこと、そして今も続いている現実。そのすべてを一度に語ることはできないけれど、これから少しずつだれも気付こうとしてくれない現実を、言葉にしていくつもりだ。逃げられない毎日の中で見つけた気づきを、ここに残していきたい。