主人は、親の顔色ばかり見て生きてきた

人は誰しも、少なからず親の顔色を伺って育つものだ。 けれど、主人の場合はその度合いが違っていた。 一緒に暮らし始めて、私はそれを痛いほど思い知らされることになる。

主人は、親に何か言われると途端に口をつぐんでしまう。 自分の気持ちを押し殺し、私の気持ちすら置き去りにして、 「そう言ってるんだから、しかたないだろう」 と、まるで決められた答えを読み上げるように返事をする。

しまいには、 「妻に相談してみる」 それしか言えない人間になっていた。 いや、そう“育てられてきた”のだろう。 自分の軸というものが、どこにも見当たらなかった。

結婚してからは別々に暮らしていたはずなのに、 住む場所も、家も、すべてが義父母の意向で決まっていった。 私は、家はいつかゆっくりと夢として叶えたいと思っていた。 だから「まだ早いから、アパートでもいい」と伝えた。

けれど義父は言った。 「アパートは近所関係や騒音が大変よ」 その一言で、話は勝手に進んでいった。 主人はただ黙って従うだけ。 まるで飼い犬のように。

今思えば、義両親は分かっていたのだろう。 主人が何も言わないことを。 そして、もし何か言うとしたら、それは“私が言わせている”のだと。

主人は、従っていればその場が収まると信じていた。 反論しない。 波風を立てない。 外から見れば「優しそうな旦那さんね」と言われるタイプだ。

けれど私は、ずっと疑問だった。 優しさとは何か。 守るとは何か。 その境界線が、主人の中ではどこか歪んでいた。

主人も自分のことを無意識に守っているタイプだ。

いい顔したい、いい息子でいたい。

その思いが、彼のすべての判断を縛っていた。

その違和感は、静かに、しかし確実に、私の中で膨らんでいった。

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